「千冬っていい男だよな」
湿りを帯びた声が賑やかな空気に溶け込む。一虎は男の発言を受け流しながら、スマホをいじっていた。
「若ぇのに店もって、オレらの面倒見てくれてるし」
「しっかりしてるよな」
「ん……、ほんとカッケェ……」
ぽつぽつと紡がれる言葉は熱っぽく、此方が赤面しそうなほどに好意で溢れている。久々にサシで飲めるというのに、親友の口から出るのはこの場にいない年下上司のことばかりだ。
「最近じゃ料理までうめぇしよ」
「腕上げたよなー」
「煮物が食いやすくなっててびびったワ」
「なあ場地。千冬の話、何度目か覚えてる?」
「そんなに話してた?」
「七回くらい?」
にっこり笑って告げると、場地はばつが悪そうに俯いて残りの酒を一気に煽った。グラスを置き、そのままテーブルに突っ伏している。
長い髪が醤油皿に付きそうで耳にかけてやると、火照った頬が露になる。だいぶ酔いが回っているらしい。酒のペースが早いのは、きっと昼間の出来事が原因だろう。
「実際、千冬モテてるもんな。今日の常連サン、かなり気があるみてぇだし」
「この前もメシ誘ってた」
「そのうち付き合ったりして。タケミチの結婚式で泣いてたし、千冬って結婚願望ありそーじゃん」
つい魔が差して煽ってみると、人相の悪い顔がさらに険しくなる。今の場地を店に立たせたら、客がみんな逃げていきそうだ。
わかりやすい反応は、同性から見てもいじらしく映って思わず笑みが零れた。
「千冬のやつ、どんどん先に行っちまうよなぁ……、この前まで犬みてぇにオレの後ついてきてたのに」
拗ねるような口調。彼らしからぬ弱気な言動に、グラスへ伸ばす手をぴたりと止めた。テーブルに頬を付けたまま、琥珀の瞳が頼りなく揺れている。
場地の目から千冬はどんなふうに見えているのだろうか。
「それは違くね?」
一虎はテーブルに伏せたままの酔っ払いを見据えた。尖った声に肩がびくりと跳ね、場地は上体を起こす。適当に相打ちをしていたけれど、その言葉がどうにも聞き捨てならなかった。
「変わってねえよ、アイツ」
「あ? どこが……」
「千冬は昔っから場地だけを追っかけてンだろ」
言い募って指を差すと、場地はぱちぱちと瞬きをくり返した。
確かに千冬はいい男に成長したかもしれない。だけどその原動力は、いつも場地からくるものだ。東卍や学校、一つずつ環境が変化していくなかで、千冬は場地を繋ぎとめようと必死だった。
長い時間をともに働いていると嫌でもわかってしまう。千冬がどんな想いで場地を支えているのかを―――
「いい歳した大人がじれってぇ。ぜんぶ本人に言ってやれよ」
一虎は悪態をつきながら顎でしゃくった。その方向を振り返る場地。期待通りの光景に口角がつり上がる。
「ち、千冬……!? なんで……」
「オレが呼んどいた。ひとりじゃ帰れねぇだろ」
場地がこの世の終わりのように声を震わせる。スマホの画面を見せつけると、潤んだ瞳がきつく此方を睨んだ。
「一虎くん、どんだけ飲ませたんスか」
「場地が勝手に飲んだんだぜ? 誰かさんのせいで」
すぐに駆けつけたのだろうか、千冬の息は上がっている。冷静な口ぶりだけれど、しらふなのに真っ赤な顔がすべてを物語っていた。
椅子がガタンと音を立て、逃げる男の腕を千冬は強くつかんだ。
「場地さんに話したいことがあります、たくさん」
「オレはねぇ!」
「観念してください」
代金を多めに置き、ふらつく場地の腰を抱き寄せて戸のほうへ消えていく。緩みきった男の顔を視界にとらえ、一虎は溜息をついた。
「ほんと世話の焼けるダチだな」
大丈夫。きっとうまくいく。どう見ても両想いな彼らには、これくらいの荒療治が必要だろう。
悪友たちの幸せを願いながら小さく笑う。ぬるくなったハイボールが心地よく喉を刺激した。
酒と本音

