月明かりの下、遊歩道にゆったりと足音が響く。歩くたびに静寂が深まり、辺りは木々のさざめきと彼らの音しか聞こえない。
「全部買えてよかったっスね」
千冬は片手でビニール袋を持ち上げてニッと笑った。ぎゅうぎゅうに詰められたアルミ缶が音を立てる。風に揺れる黒髪はすっかり見慣れたはずなのに、久々に会うと他人のように映った。
「悪いな、荷物重くね?」
「ぜんぜん余裕っス!」
「つーかまだ飲む気かよ、アイツら」
「何人かもう潰れてましたけど」
「ドラケンはマイキーんち泊まるっつってたな」
悪友たちを思い浮かべ、眉間に皺が刻まれる。
「千冬、ジャンケン一番に勝ってたじゃん。家で待ってりゃよかったのに」
「二人っきりになりたかったんで」
千冬はそう言ってとろんと目を細めた。白い頬がほんのり桜のように色づく。場地は横目で捉えて眉間の皺がさらに深くなった。
大学の飲み会でも、こんなふうに甘い言葉を囁くのだろうか。口説かれたと勘違いする女が出てきそうだ。酔っ払いの戯れ言だとわかっていても、自分の心臓は勝手に反応してしまう。嫌気が差して、小さく舌打ちをした。
「合格、おめでとうございます」
「ありがとな。やっとスタートって感じだけど」
「ずっと諦めなかったスもんね。さすが場地さんっス!」
きらきらと蒼い瞳を輝かせる。知り合いにたくさん祝われても、ずっと応援してくれた友の言葉は何度でも胸に響く。面映い心地がして頭をかいた。
「不安だったけどな。毎日ベンキョー漬けだったし。オレだけガキのまま、置いてかれるよーな気がしてた」
場地は眉を下げ、自嘲気味につぶやいた。
先が見えない不安。まわりが進学や就職していくなか、取り残されているような気がしていた。
格好悪い本音が零れてしまう。隊長の役目を終えてからだろうか、千冬の前だとつい気が緩んでしまうらしい。むず痒い気持ちをごまかすように歩を進めた。
「ありえねーよ、アンタを置いていくなんて」
不意に腕を掴まれる。振り向くと射抜くような眼差しとぶつかり、心臓が跳ね上がった。
「オレが何度でも引っ張り上げます。場地さんはこれから、ずっと生きてくんだから」
指が食い込むほどの強い力。けれど微かに震えている。二人の隙間を風が強く吹き抜け、木々が騒めく。
「何泣きそうになってんだよ」
「泣いてねぇっス」
「うそつけ」
覗きこむと、千冬は視線を逸らして天を仰いだ。瞳に溜まる雫を落とさないようにしてるみたいに。代わりに降る桜の花弁がやわらかな灯りに照らされて、その鮮やかさに目を奪われる。
「夜桜きれいだよな」
「アンタのほうがずっときれいっスけど」
「酔ってんな、千冬ぅ」
場地は思わず噴き出して、目の前の頭に手を伸ばした。前髪に付いた花弁を摘み取って、そのままかき回す。髪の色が変わっても、撫で心地の良さまでは変わらない。もう片方の掴まれた手首を振り払い、てのひらを握り直した。
「ば、場地さん……?!」
「放さず見とけよ。ぜってぇ獣医になってやる」
得意げに笑い、手を繋いだまま歩きだした。賑やかな悪友たちが待つ家へ。汗ばんだてのひら越しに熱や脈の速さまで伝わってしまわないように、ぶんぶんと腕を振り回す。
「場地さんこそ酔ってんでしょ」
「かもな」
千冬はくすくす笑い、てのひらを握り返した。
「今度こそ、放さないッスからね」
低く掠れた声は、喜びと切なさがない交ぜになって耳朶を打つ。今度こそって何だよ。ずっと離れなかったくせに。場地は小首を傾げ、肩を並べて歩いた。
千冬が何を思ったのかわからない。だけど傍にいてやりたい。来年も、その先も。桜を見上げて、一緒に笑いあえるように。
願いを込めてぎゅっと繋ぎ止める。今だけは酔いのせいにして、この手を放したくなかった。
お花見

