こたつはひとをだめにする。母親がよく口にしていたけれど、むしろ幸せをもたらすものだ。大皿をスポンジで磨きながら、くつろぐ恋人を眺めるたびに千冬は思う。
「食ったー。もう入ンねぇ」
場地はうんと両腕を伸ばして寝転んだ。テレビから有名なバラードが流れ、豪快なあくびとともに耳に届く。ちょうど大トリの歌手の出番らしい。
「どっち勝ちそうっスか?」
「んー、白っぽい?」
「え~紅応援してたのに」
「千冬さっきの歌手好きだもんなぁ」
顔だけ向けて場地がふにゃりと笑んだ。すっかり安心しきった表情は、どこか幼く映る。一緒に暮らし始めてから見せるようになった顔だ。千冬はつられて頬を緩ませながら、すすいだ食器をかごに立て掛けた。
「そば茹でちゃっていいっスか?」
「まだいい。それより、こっち」
場地は上体を起こし、こたつ布団をめくって隣りをぽんぽんと叩いた。奥へ詰めて、ひとり分のスペースをあけてくれる。千冬は手を拭いて居間へ向かった。
「わっ!」
腰を下ろそうとした途端、手首を引かれて場地の胸に倒れ込んだ。
「そばより、ちふゆがいい」
石鹸に混ざってアルコールの匂いが鼻を掠める。テーブルの上を一瞥すると、空き缶が並んでいた。緩んだ目元は、こたつのせいだけではなかったらしい。
「酔ってますね」
「よってねえ」
「うそ。場地さん、すげぇ可愛いんだもん」
頬をひと撫ですると、場地は猫のように目を細めた。
家で飲むとき、場地は時々こうして甘えてくるようになった。しらふでは素直になりきれないところが、すこし寂しいけれど愛おしい。
「もーすぐ年が明けンだからすわってろよ。千冬、家でも働きすぎ。出来合いのモンでもよかったのに」
場地が口を尖らせる。
初めて過ごすふたりきりの年越し。千冬は張り切って料理の腕を振るっていた。しかし場地には、気を遣わせてしまったのかもしれない。
「オレのメシを、場地さんにいっぱい食ってほしかったんです。上達したでしょ?」
「うん、すげぇうまかった。ありがとな」
得意げに笑うと、場地は照れくさそうに頷いた。
「見ろよ、食いすぎてオレの腹こんなだぜ?」
面映い空気をごまかすかのように、場地は服をぺろりとめくって見せてきた。色気のない無邪気さで笑っている。
「ぽこっとしてますね」
いつも引き締まっているそこが、食後のせいで少し膨れている。千冬は場地の腹に顔をうずめた。
「ぐうぐう言ってる」
「マジ? 消化してんのかな」
「場地さんのからだじゅう、オレのつくったモンでいっぱいっスもんね」
腹部をゆっくり撫でながら、千冬はにんまりと笑って顔を上げた。ふたつの視線が絡まる。場地はぎゅ、とくちびるを結び、身体を強張らせた。
「もういいだろ。離れろよ」
「なんで?」
「ヘンな気分になる」
じっと見つめると、場地は赤みが差す瞼を伏せた。気の緩んだ空気が、色を変え始める。
いつの間にか腹だけでなく、心臓の音までもがどくどくと鳴っている。生きている証。そして、恋人を意識している何よりの証拠だ。
「なってよ、圭介さん」
千冬はわざと下の名前を囁いて覆い被さった。場地はたやすく押し倒されてしまう。まるで続きを促すかのように。
くちびるを重ねようとしたその瞬間、テレビから荘厳な鐘の音が響いた。
「年、明けたみてぇだな」
「そうっスね」
気にせず手を進めようとする。すると今度はスマートフォンが鳴り始めた。通知音がずっと止まらない。
「東卍の連中か」
「新年のあいさつかな」
「スタンプ連打しすぎだろ」
「誰だよ、うるせぇ!」
外野にムードを崩され、ふたり同時に噴きだした。
「そういやアイツらと初詣行く約束してたよな」
「あー、忘れてた!」
「午後は実家に顔出さなきゃだしな?」
「うう、そうでしたね」
大げさに嘆くと、場地はころころ笑っている。どうやら新年から、まわりはこのひとを独占させてくれないらしい。
「拗ねんなよ。どーせオレたちは、ここに帰ってくンだから」
場地は身体を起こし、千冬の黒髪を撫で回した。互いが帰る場所になる。当然のような口ぶりに、胸がいっぱいになる。
「千冬ぅ、明けましておめでとう」
「おめでとうございます、圭介さん。今年も来年も、ずーっとよろしくお願いしますね!」
「重っ」
場地は軽やかに笑いながら、返事のかわりにぎゅっと抱きしめる。
千冬に幸せをもたらすもの。それはこたつよりもずっとあったかい、恋人の傍らだったみたいだ。
顔を埋める

