玄関から足音とともに、冬の空気が近づいてくる。背を丸めたまま視線を向けると、小さな悲鳴がピャッともれた。
「ヘンな声」
 冷たい刺激を頬に受け、びくりと肩が弾む。笑い声がころころと降ってきて、こたつでの微睡みから一気に覚めてしまった。
「そりゃ出るでしょ、びびった! おかえり、場地さん」
「ただいま。外すっげーさみぃぞ」
 場地は千冬の頬を包み込んだまま、無邪気に八重歯を覗かせた。触れる両手は氷のように冷たい。よく見ると赤くなっている。
「手袋しなかったんスか」
「忘れた」
 寒がりのくせに防寒対策が甘いところは相変わらずだ。
「千冬のほっぺた、あったけぇ」
 隣に座り、再び頬に指先を押し当ててきた。場地は寒いからという理由で、自然に距離を詰めてくる。付き合う前からずっと。それが千冬にどれだけの喜びをもたらし、心を乱されていたかなんて、彼はきっと知らないだろう。
「おい、」
「仕返しです」
 千冬は目の前の顔を引き寄せて反撃に出る。眉を顰める場地をお構いなしに頬を包み込んだ。外気に長く触れた肌はひんやりとしている。温めるように軽くつまみ、むにむにと左右に動かした。
「やらけぇっスね」
 なめらかな頬に指先が吸い込まれる。凛々しい顔立ちだから、餅みたいな柔らかさが意外だった。夢中で頬の肉をのばす。
「なんかガキの頃やられたの思い出す」
「お母さんっスか?」
「いや、真一郎くんに」
 その名前に、ぴたりと手が止まる。
「寝ぼけたマイキーにかじられたこともあったな」
「かじられ……!?」
 思わず声が裏返った。場地はあどけない笑みを浮かべている。そんな顔をさせるのは、いつまでたっても色褪せない、幼馴染との思い出だ。
「どうした? モチみてぇにふくれて」
「妬いちゃいました。幼馴染ずりぃ」
 半分は本音だ。そのままぎゅっと抱きしめる。
 嫉妬なんて格好悪い、面倒くさがられるかもしれない。そう思ってずっと隠していた。正直に伝えるようになったのは、満更でもなさそうな場地の様子に気付いてからだろうか。どこかくすぐったそうに頬をゆるませるから。今も耳元を掠める吐息に、ちいさな笑声が混ざる。
「だからもっと触りたい。オレしか知らない、場地さんのやらけぇとこ」
 もう半分は、くっつくための口実だ。ピアス穴ひとつない、きれいな耳朶を弄びながら囁いた。
「いま触ってんじゃん」
「ぜんぶっスよ。欲張りなんで」
 そう言って、くちびるにキスを落とす。ここも頬よりずっと柔らかい。背に回された両腕は、期待するかのようにすっかり熱をもっていた。