ムードが大事なんだよ。ぼんやりした内容のドラマだけれど、その台詞はやけに耳に残った。
 年下の親友と恋人同士になってから、色恋に興味のなかった場地にも少しずつわかるようになっていた。求められる空気というものを。千冬は真っ直ぐ伝えてくれる。熱っぽい眼差しも、低く囁かれる声も。場地はただ、口を開けて待っていればよかったのだ。それなのに。
「そろそろ寝ましょうか」
 目の前の男はにっこり笑って言い放った。
 ソファに並んで座って観ていたドラマが終わり、淡々とニュース番組が流れている。
 久々のお泊まり。いつもみたいに千冬から迫ってきて、甘いムードに持ち込まれるに違いない。そう予感していた場地は、あっさりとしたその態度に、肩透かしを食らった気分だった。
「何か今週びみょーでしたね。思ってたのと違ってました」
 千冬は退屈そうにあくびをしながら、電源を切りリモコンを放った。画面の向こう側の話だ。それなのに、まるで自分に言われたかのような心地がしてちいさく胸が痛む。
 飽きたのだろうか。ふと悪い想像が脳裏に浮かび、場地は顔を顰める。らしくない不安が広がり、心にさざ波が立つ。
「おやすみ、場地さん」
 ただ見送るなんてできない。離れていく腕を、場地は咄嗟に掴んでいた。
「おい、」
「どうかしましたか?」
「オメーはそれでいいのかよ」
 腕の力を緩め、居心地悪そうに睫毛を伏せた。
 求められるのが当然になっていた。だけど恋人でいたいなら、此方からも手を伸ばさなければきっと破綻する。そう悟った瞬間、場地は意を決して顔を上げた。
「だから、その」
 言葉に詰まってしまう。いつも千冬は自分を誘う時、どうやっていただろう。恥ずかしさに耐え、蒼い瞳をじっと見つめ続けた。
「場地さん……」
 揺れる瞳が迫り、甘い声が耳元をくすぐる。あっという間に腕を引かれ、千冬に抱き寄せられた。
「ん……っ、千冬ぅ……」
 同じ石鹸の香りに包まれ、風呂上がりで冷めた身体は再び熱をもち始めた。どくどくと脈打つ鼓動は、直接気持ちを伝えてくれるから便利だ。首筋に息がかかると、それだけでぞくりと腰が跳ね上がる。
「あ……っ」
「ほしくなっちゃいました?」
「な、んで」
「言わなくてもわかります」
 千冬は向き合いながら、得意げに囁く。
「場地さんってオレのことほしい時、いつも睨んでくるから」
 その言葉に目を剝いた。いつもって、そんなの知らない。無意識なクセを暴かれて、耳まで熱くなる。
「ほら、今も」
「睨んでねぇっ!」
「自覚ないとか、可愛すぎるんスけど」
 千冬は場地の頬を撫でながら、とろけた笑みを向けた。触れた箇所から熱がちっとも引いてくれない。にやけた顔が気に食わなくて、その手を強く押し退けた。
「今日はガマンしたんスよ。場地さん、明日朝早いんでしょ?」
「休講になったけど」
「えっ?! 言ってくださいよ!」
 両肩を揺らされる。言い訳しようとしても、聞いてません!と食い気味に千冬が喚く。ぜんぶ自分で蒔いた種だと気付き、ばつの悪い思いがした。
「それなら、もっとくっつきたいです」
 千冬はふにゃりと笑んで、場地の長い髪を指で梳く。そうだ。千冬はこうやって誘ってくるんだよな。ふ、と目を細め、伸ばされた手を捉えた。
「なあ、オレからも言わせて」
 指を絡め、潤んだ瞳で見つめ返す。
「千冬がほしい」
 朱い頬に微笑を浮かべて、そっと囁いた。返事を待たずキスを仕掛けてやる。睨むだけだとどうせまた、千冬を喜ばせてしまうだろうから。